2026年度の最低賃金、いつ・いくら決まるのか
最低賃金は、いきなり金額が決まるわけではありません。3つの段階を踏んで各都道府県の金額が確定します。この流れを知っておくと、自社がいつ動けばよいかが逆算できます。
① 中央最低賃金審議会が「目安」を示す(毎年7月下旬〜8月上旬)。全国をランク分けし、引き上げ額の目安を答申します。
② 各都道府県の地方最低賃金審議会が金額を決める(8月〜9月頃)。目安はあくまで参考で、目安を上回る金額を決める県もあります。
③ 都道府県ごとに発効(10月前後)。ここではじめて法的な効力が生じます。
2025年度(令和7年度)の実績は、全国加重平均で1,121円。前年から66円の引き上げで、率にして6.3%という過去最大水準の改定でした。
2026年度の目安は、2026年7月28日に答申されました。全国加重平均で1,176円、引き上げ額は55円(4.9%)です。前年度の66円・6.3%を下回り、引き上げ額・率がともに前年を下回るのは6年ぶりとなりました。
| ランク | 対象地域 | 2026年度の目安額 |
|---|---|---|
| Aランク | 埼玉・千葉・東京・神奈川・愛知・大阪 | +54円 |
| Bランク | 28道府県 | +56円 |
| Cランク | 13県 | +56円 |
注目すべきは、地方(B・C)の引き上げ幅が都市部(A)を2円上回った点です。地域間格差の是正が意識された結果で、地方に事業場を持つ企業ほど影響が大きくなります。
目安はあくまで目安です。ここからは各都道府県の地方最低賃金審議会での審議に移り、目安を上回る金額を決める県が毎年のように出ます。
2025年度は47都道府県のうち39道府県が目安を超える答申を出しました(熊本県は+82円、大分県は+81円)。今年もB・Cランクでの上乗せが見込まれており、最終的な全国平均は1,176円を上回る可能性があります。
自社の金額が確定するのは8月以降です。目安の数字だけで人件費を見積もると、後から足りなくなります。
目安の答申から自社の発効日まで、実質2か月前後しかありません。しかも後述する業務改善助成金は「賃上げの前」に申請する必要があるため、金額が確定してから動き出すと使えなくなります。
本記事で挙げる準備は、いずれも金額が確定する前から着手できるものです。8月のうちに手をつけておくことをおすすめします。
自社の「発効日」を確認する — 都道府県で最大6か月ずれる
意外に知られていないのが、最低賃金の発効日は都道府県ごとに違うという事実です。「10月1日から一斉に変わる」と思い込んでいると、対応が後手に回ります。
2025年度の実績では、最も早い栃木県が10月1日、最も遅い秋田県が翌2026年3月31日でした。同じ改定なのに、発効日には約6か月の開きがあったことになります。
| 都道府県 | 2025年度の地域別最低賃金 | 発効日 |
|---|---|---|
| 東京都 | 1,226円 | 2025年10月3日 |
| 神奈川県 | 1,225円 | 2025年10月4日 |
| 大阪府 | 1,177円 | 2025年10月16日 |
| 千葉県 | 1,140円 | 2025年10月3日 |
2026年度はどうなるか
執筆時点で、2026年度の発効日を全国で統一することは決まっていません。各都道府県の審議会が8月に答申し、その後の公示・異議申出手続きを経て、10月前後から順次発効していく見込みです。実務上は「答申日のおよそ2か月後が発効日」という関係が目安になります。
ただし、2025年度に発効日が大きく後ろへずれたことを受けて、今年は早期の答申を目指す動きが各県で出ています。たとえば秋田県は8月5日までの答申を、青森県は10月中の発効に向けて8月中の答申を目標に掲げています。昨年ほど極端な分散にはならない見通しですが、それでも10月1日に全国一斉ではありません。自社の事業場がある都道府県労働局の公表を必ず確認してください。
適用の基準は「支払日」ではなく「労働日」
給与計算で最も間違えやすいのがここです。最低賃金は、発効日以降に労働した分から新しい金額が適用されます。支払日を基準にするのではありません。
たとえば発効日が10月3日、給与の締めが月末、支払いが翌月25日という会社の場合、10月分の給与のうち10月1日〜2日は旧額、10月3日以降は新額で計算する必要があります。ひと月のなかで単価が切り替わるため、給与システムの設定をこのタイミングで見直しておかないと、少額の未払いが発生します。
複数の事業場がある会社は「事業場ごと」に判定する
適用される地域別最低賃金は、本社の所在地ではなく実際に働いている事業場の所在地で決まります。本社が東京、支店が千葉、という会社なら、それぞれ別の金額で判定します。県境をまたいで通勤している社員がいる場合も、基準になるのは勤務地です。
また、業種によっては特定最低賃金(産業別の最低賃金)が設定されており、地域別最低賃金より高い金額が定められている場合があります。自社の業種に特定最低賃金があるかどうかも、あわせて確認しておきたいところです。
「うちは月給制だから関係ない」が一番危ない
最低賃金というと時給のパート・アルバイトの話だと思われがちですが、月給制の正社員にも当然に適用されます。しかも月給制のほうが、下回っていることに気づきにくい分だけ危険です。
月給を時間額に換算する
比較のしかたはシンプルで、月給を1か月平均所定労働時間で割ります。
月給 ÷ 1か月平均所定労働時間 ≧ 地域別最低賃金額
1か月平均所定労働時間 =(365日 − 年間所定休日数)× 1日の所定労働時間 ÷ 12か月
例:年間休日120日・1日8時間の会社 →(365 − 120)× 8 ÷ 12 = 163.3時間
この会社で月給18万円の社員がいた場合、180,000円 ÷ 163.3時間 = 約1,102円。2025年度の東京都(1,226円)はもちろん、多くの都道府県で下回ってしまう水準です。「正社員だから大丈夫」という思い込みが、そのまま最低賃金法違反につながります。
比較に含めてよい賃金・含めてはいけない賃金
ここが実務で最もつまずくポイントです。月給の額面をそのまま割ってはいけません。最低賃金の対象から除外される賃金があるためです。
| 区分 | 該当する賃金 |
|---|---|
| 含める(対象になる) | 基本給、役職手当、資格手当、業務手当など、毎月決まって支払われる手当 |
| 含めない(除外される) | 時間外労働手当・休日労働手当・深夜労働手当/精皆勤手当/通勤手当/家族手当/臨時に支払われる賃金(結婚手当など)/1か月を超える期間ごとに支払われる賃金(賞与など) |
とくに注意したいのが固定残業代(みなし残業代)です。月給25万円のうち5万円が固定残業代なら、最低賃金と比較できるのは残りの20万円だけになります。求人票の「月給25万円」を基準に安心していると、実際には下回っているというケースは珍しくありません。
地域別最低賃金を下回る賃金は、その部分が無効となり、最低賃金額で契約したものとみなされます。不足分は遡って支払う義務があり、賃金請求権の消滅時効は当面3年です。
さらに、最低賃金法違反として50万円以下の罰金が定められています。「知らなかった」は通用しません。
発効日までにやるべき5つの準備
ここまでを踏まえて、発効日までに終わらせておきたい実務を5つに整理します。いずれも金額の確定を待たずに着手できます。
複数拠点がある場合は拠点ごとに確認します。各都道府県労働局の発表を見て、社内カレンダーに発効日を書き込むところまでやっておくと、給与担当者との認識ずれが防げます。
時給者だけでなく、日給者・月給者も時間額に換算して一覧にします。固定残業代・通勤手当・家族手当を除外したうえでの金額です。この一覧が、改定額が発表された瞬間に「何人が影響を受け、いくら必要か」を即答できる土台になります。
月の途中で単価が変わる月について、日別に単価を切り替えるのか、月初から新額を適用するのかを決めます。全期間を新額にする運用は、社員に有利なため法的な問題は生じません。給与システムの設定変更を誰がいつ行うかも、この段階で決めておきます。
見落としがちなのが募集中の求人票です。発効日以降も旧額のまま掲載していると、応募者に対して最低賃金を下回る条件を提示していることになります。賃金規程の下限額、パート社員の雇用契約書の時給欄もあわせて棚卸しします。
最低賃金の引き上げは、底辺だけを押し上げます。その結果、入社したばかりの社員と、数年勤めた社員の時給がほぼ同じになるという逆転現象が起きます。定着率に直結する問題なので、底上げに合わせて上位層の賃金カーブも見直すかどうかを、経営判断として決めておく必要があります。
賃上げの原資をどう作るか
最低賃金の引き上げは、中小企業にとって確実なコスト増です。ただし、原資を「どこから削るか」だけで考えると必ず行き詰まります。①助成金 ②税制 ③省力化の3方向から組み立てるのが現実的です。
① 業務改善助成金 — 賃上げと設備投資をセットで
事業場内で最も低い時給を引き上げ、あわせて生産性向上のための設備投資を行った中小企業に対して支給される助成金です。令和8年度(2026年度)は、引上げ額の区分が50円・70円・90円の3コースに再編されました。
| 項目 | 令和8年度の内容 |
|---|---|
| コース | 引上げ額 50円/70円/90円 の3コース |
| 助成率 | 引上げ前の事業場内最低賃金が1,050円未満なら4/5、1,050円以上なら3/4 |
| 助成上限 | コースと引き上げる人数に応じて設定。事業主単位の年間上限は600万円 |
| 対象経費 | 機械装置、コンサルティング、研修、システム導入など生産性向上に資するもの |
| 申請期間 | 2026年9月1日から11月末日までを軸とした期間限定運用。地域別最低賃金の発効日前日が締切となる場合もあるため、最新の公募要領で必ずご確認ください |
交付決定の前に発注・購入した設備は対象になりません。「先に機械を入れてから申請」は不可です。
同様に、賃上げを実施してから申請することもできません。申請 → 交付決定 → 設備導入 → 賃上げ、という順序を守る必要があります。9月の受付開始に合わせて動けるよう、8月中に対象設備の目星をつけておくのが現実的なスケジュールです。
② 賃上げ促進税制 — 赤字でも5年間持ち越せる
中小企業向けの賃上げ促進税制では、給与等支給総額が前年度比で1.5%以上増加すれば15%、2.5%以上増加すれば30%の税額控除を受けられます(一定の上乗せ要件あり)。控除しきれなかった分を最大5年間繰り越せる措置もあるため、その年が赤字でも検討する価値があります。
ただし税制は改正が頻繁で、適用要件も年度によって変わります。具体的な適用可否は顧問税理士にご確認ください。社労士としてお伝えできるのは「賃上げをするなら、税制の適用も同時に検討しないと損をしやすい」という点までです。
③ 省力化 — 上がった人件費を吸収する
助成金も税制も、あくまで一時的な下支えです。継続的に上がり続ける人件費を吸収するには、同じ人数でこなせる仕事の量を増やすしかありません。勤怠集計・給与チェック・問い合わせ対応といった定型業務は、AIの活用で人が判断すべき件数そのものを減らせます。
具体的な進め方は、第3回「社労士が教える『AI×労務管理』で実現する働き方改革」で3か月の導入手順を、第2回「AI導入で使える補助金・助成金まとめ【2026年度版】」で設備投資に使える制度を整理していますので、あわせてご覧ください。
今年の改定で、御社の人件費はいくら増えますか?
影響を受ける人数と必要額を先に把握しておけば、助成金の申請にも間に合います。
Futures&Linkでは、賃金一覧の点検から原資づくりまで社労士の視点でご相談を承ります。
まとめ
最低賃金の改定は、「今年はいくら上がったらしい」とニュースで確認して終わる話ではありません。自社の発効日から逆算して動く実務です。
押さえるべきは3つです。発効日は都道府県ごとに違い、適用は労働日基準であること。月給制の社員こそ時間額を検算する必要があり、固定残業代や通勤手当は比較から除外すること。そして原資は削って捻出するのではなく、助成金・税制・省力化の3方向から作ること。
とくに業務改善助成金は、9月の受付開始に間に合うかどうかで結果が変わります。金額の発表を待つ必要はありません。賃金一覧の作成は、今日からでも始められます。
次回(第5回)は、この秋のもう一つの大きな論点である「【2026年10月】106万円の壁が撤廃される — 自社は『いつから・何人』が対象になるのか」を取り上げています。あわせてご覧ください。
※ 本記事は2026年7月30日時点の情報にもとづいています。目安は2026年7月28日に答申されたものであり、確定額ではありません。各都道府県の実際の改定額および発効日については、事業場のある都道府県労働局の公表内容をご確認ください。