2026年10月に何が変わるのか — 撤廃されるのは「賃金要件」だけ
2025年6月に成立した年金制度改正法により、短時間労働者が社会保険に加入するかどうかを判定する要件のうち、「月額賃金8.8万円以上(年収換算で約106万円以上)」という賃金要件が撤廃されます。施行日は2026年10月1日です。
撤廃の理由は、この基準がすでに実態と合わなくなったからです。月8.8万円は週20時間勤務なら時給約1,016円に相当しますが、2025年度の最低賃金は全国加重平均で1,121円に達しました。つまり週20時間働けば、どこで働いてもほぼ自動的に106万円を超える状態になっており、賃金要件が判定の役に立たなくなっていたわけです。
改正後も残る要件
なくなるのは賃金要件だけで、他の要件はそのまま残ります。ここを取り違えると「全員加入することになった」という誤解が生まれます。
① 週の所定労働時間が20時間以上(維持)
② 月額賃金8.8万円以上 → 撤廃
③ 2か月を超える雇用の見込みがある(維持)
④ 学生でない(維持)
実質的に、判定の軸は「週20時間以上かどうか」の一点に集約されます。
「106万円の壁」と「130万円の壁」は別物
従業員への説明で最も混乱が起きるのがここです。撤廃されるのは106万円の壁だけで、130万円の壁は残ります。
| 項目 | 106万円の壁 | 130万円の壁 |
|---|---|---|
| 性質 | 自分の勤務先で社会保険に入る条件 | 家族の扶養に入っていられる上限 |
| 2026年10月以降 | 撤廃 | 継続 |
| 判定の中身 | 週20時間以上・2か月超の雇用見込み・学生でない | 年収130万円未満(原則) |
| 通勤手当の扱い | —(賃金要件が消えるため判定に使わない) | 収入に含めて判定する |
つまり、労働時間を週20時間未満に抑えて社会保険の加入を避けたとしても、年収が130万円を超えれば家族の扶養からは外れます。「106万円の壁がなくなったから、もう気にしなくていい」という説明は誤りです。
自社は「いつから」対象になるのか — 規模別・早見表
ここが本記事の核心です。賃金要件の撤廃は2026年10月ですが、そもそも短時間労働者の適用拡大の対象になるかどうかは、企業規模で決まります。この規模要件が、2035年に向けて段階的に下がっていきます。
| 時期 | 対象となる企業規模 | 自社の目安 |
|---|---|---|
| 2026年10月 | 従業員51人以上(現行の対象企業) | すでに適用対象の会社は、この時点で賃金要件が外れる |
| 2027年10月 | 従業員36人以上 | 36〜50人の会社が新たに対象に |
| 2029年10月 | 従業員21人以上 | 21〜35人の会社が新たに対象に |
| 2032年10月 | 従業員11人以上 | 11〜20人の会社が新たに対象に |
| 2035年10月 | すべての企業(規模要件の撤廃) | 10人以下の会社もすべて対象に |
したがって、従業員50人以下の会社にとって2026年10月は「まだ関係がない」のが正解です。ただし、次に来るのは2027年10月の36人以上。1年後には対象になる会社が相当数出てきます。「今回は関係ない」で終わらせず、自社が何年後に対象になるのかを今のうちに把握しておくことが実質的な準備になります。
「従業員数」の数え方を間違えない
ここでいう従業員数は、社員名簿の人数でもアルバイトを含めた総数でもありません。厚生年金保険の被保険者数で数えます。
① 数えるのは「フルタイムの従業員」+「週の労働時間がフルタイムの4分の3以上の従業員」。すでに社会保険に入っている人の頭数、と考えるとほぼ一致します。
② 判定は月ごとに行い、直近12か月のうち6か月で基準を超えた時点で該当します。1か月だけ超えた程度では該当しません。
③ 一度該当すると継続します。「特定適用事業所」として扱われ、その後に人数が基準を下回っても原則としてそのまま適用が続きます。
法人の場合、この人数は事業所単位ではなく法人単位(同一の法人番号ごと)で合算します。支店ごとに数えて「うちは各拠点30人だから対象外」と判断するのは誤りです。
対象者は「何人」増えるのか — 洗い出しと保険料の試算
自社が対象時期を迎えるとわかったら、次は影響を数字にします。手順はシンプルです。
雇用契約書の所定労働時間で判定します。実際の勤務実績ではありません。契約が「週18時間」でも実態が恒常的に20時間を超えている場合は、契約自体の見直しが必要になります。
ここまでで残った人数が、原則として新たに加入対象となる人数です。すでに加入している人は当然除きます。
社会保険料は労使折半なので、会社側にも本人と同額の負担が発生します。ここを見落とすと人件費の見積もりが半分になります。
保険料はいくらか — 月額8.8万円のケース
標準報酬月額88,000円で試算します(2026年度・協会けんぽ東京都、40歳未満の場合)。
| 区分 | 料率(労使合計) | 本人負担(月額) | 会社負担(月額) |
|---|---|---|---|
| 健康保険 | 9.85% | 約4,300円 | 約4,300円 |
| 厚生年金保険 | 18.30% | 約8,000円 | 約8,000円 |
| 合計 | 28.15% | 約12,300円 | 約12,300円 |
会社負担は1人あたり年間およそ15万円。対象者が10人いれば年150万円の人件費増です。40歳以上65歳未満の方には介護保険料(2026年度は全国一律1.62%)が上乗せされます。健康保険料率は都道府県ごとに異なるため、実額は自社の所在地の料率で計算してください。
従業員から必ず聞かれる3つの質問
制度の説明会で実際に手が挙がるのは、ほぼこの3つです。あらかじめ答えを用意しておくと、説明が驚くほどスムーズになります。
Q1.残業した分は「週20時間」に含まれますか?
含まれません。判定に使うのは雇用契約上の所定労働時間です。ただし、2か月連続で週20時間を超え、今後も超える見込みがある場合は加入対象になります。「契約は19時間だが毎月残業で25時間働いている」という運用を続けていると、結局は加入が必要になります。
なお、ダブルワークの場合は勤務先ごとに判定します。2社でそれぞれ週19時間なら、現行では加入義務は生じません(複数勤務先の労働時間を合算する仕組みは検討段階です)。
Q2.手取りはどれくらい減りますか?
月額8.8万円のケースなら本人負担は月およそ1万2千円で、手取りはその分減ります。ただし、これを緩和する仕組みが用意されています。
短時間労働者として新たに加入し、標準報酬月額126,000円以下の人が対象。
1〜2年目:本人25%・会社75%(通常は労使50%ずつ)
3年目:本人37.5%・会社62.5%
通算3年間の措置で、事業主からの申し出が必要(対象となった日から2年以内)。対象となる事業所の範囲は施行時期によって段階的に広がるため、自社が該当するかは日本年金機構の案内でご確認ください。
本人の負担は軽くなりますが、その分は会社が肩代わりする設計です。使うかどうかは、定着率と人件費を天秤にかけた経営判断になります。
Q3.加入すると何か良いことはありますか?
手取りが減る話だけを説明すると納得は得られません。給付が増える面も併せて伝えるべきです。
・将来の年金額が増える(国民年金に厚生年金が上乗せされる)
・傷病手当金が受けられる(病気やケガで働けない間、賃金の約3分の2)
・出産手当金が受けられる(産前産後の休業期間)
・障害を負ったときの障害厚生年金、亡くなったときの遺族厚生年金の対象になる
・保険料の半分は会社が負担する(国民健康保険・国民年金は全額自己負担)
やってはいけない対応 3つ
人件費増を避けようとして、かえって大きなリスクを抱える会社が出ます。以下は避けるべき対応です。
加入を避けるために契約時間を週20時間未満へ引き下げるのは、労働条件の不利益変更にあたります。本人の同意なく行えば無効となり、賃金の差額請求につながります。
合理的な理由のない雇止めは無効と判断されるリスクがあります。制度対応を理由にした人選は、その理由自体が争点になります。
実態が変わらないまま契約形態だけを業務委託に変えても、実質的に労働者と判断されれば遡って保険料を求められます。偽装請負の問題にも直結します。
いずれも「その場は安く済んだように見えて、数年後に数倍のコストで返ってくる」種類の対応です。加入対象が増えることを前提に、原資をどう作るかで考えるほうが結果的に安く済みます。
施行までの準備スケジュールと、使える支援制度
週20時間以上のパートを洗い出し、会社負担額を算出します。ここで「誰に、いつから、いくらの負担が発生するか」を数字にしておきます。
手取りの変化と給付のメリットを個別に説明します。扶養に入っている人には配偶者側の手続きにも影響するため、早めの案内が親切です。
労働時間や社会保険の適用に関する記載を確認します。パート就業規則がない会社は、この機会に整えておくと後の運用が楽になります。
年金事務所へ届け出ます。あわせて給与計算システムの保険料設定を更新し、初回の控除額を必ず検算してください。
使える助成金
短時間労働者の労働時間を延ばして社会保険に加入させた事業主向けに、キャリアアップ助成金が用意されています。ただし2026年3月末で「社会保険適用時処遇改善コース」は終了し、「短時間労働者労働時間延長支援コース」に引き継がれました。1年目・2年目の2段階の支援で、小規模企業の場合は1人あたり最大75万円(50万円+25万円)が受けられます。
金額や要件は企業規模・取組内容によって変わるため、着手前に最新の支給要領をご確認ください。古いコース名で情報を探すと行き止まりになるのでご注意を。
御社は「いつから・何人」が対象ですか?
対象時期と人数、年間の負担額を先に数字にしておけば、慌てずに準備できます。
Futures&Linkでは、対象者の洗い出しから従業員への説明まで社労士の視点でご相談を承ります。
まとめ
2026年10月の改正で撤廃されるのは賃金要件だけです。週20時間以上・2か月超の雇用見込み・学生でないという要件は残り、判定の軸は「週20時間かどうか」に集約されます。
そして最も重要なのは、すべての会社が同時に対象になるわけではないという点です。2026年10月に動くのは従業員51人以上の会社。50人以下の会社は2027年10月の36人以上から、以降2029年・2032年・2035年と段階的に下りてきます。自社が何年後に対象になるかを先に確認してください。
対象時期がわかれば、あとは週20時間以上のパートを洗い出し、会社負担を年額で見積もるだけです。1人あたり年およそ15万円という数字が出れば、保険料調整制度を使うか、助成金を取りに行くか、シフトの設計から見直すか——判断の土俵に乗ります。制度が動く前に数字を持っている会社と、動いてから慌てる会社では、選べる手の数がまったく違います。
※ 本記事は2026年8月時点の情報にもとづいています。保険料率は年度や都道府県によって異なります。制度の詳細および最新の取扱いは、日本年金機構・厚生労働省の公表内容をご確認ください。